Share

第34話 彼女の匂いを覚えている俺は、かなり変なのかもしれない

last update publish date: 2026-09-22 15:31:23

第34話 彼女の匂いを覚えている俺は、かなり変なのかもしれない

 人の相談に乗るようになってから、自分のことを考える時間が増えた。

 あまりありがたい変化ではない。

 小松先輩が元恋人の柔軟剤の匂いを忘れられないと言った時、俺はかなり自然に理解できた。

 匂いと記憶が結びつく。

 その人がいなくても、同じ匂いだけで思い出す。

 そこまではいい。

 問題は。

 俺の場合。

 陽菜が今使っている洗剤。

 シャンプー。

 ミルクティーを飲んだ日の甘い匂い。

 運動したあとの汗。

 日焼け止め。

 雨の日の服。

 陸上部のバッグの布地。

 細かく分ければ、かなり覚えている。

「……俺、普通に気持ち悪いな」

 昼休み。

 学食へ向かう途中。

 自分で口にしてしまった。

「何が?」

 隣を歩いていた陽菜がすぐ反応する。

「独り言」

「聞こえた」

「忘れて」

「無理」

「最近そればっかりだな」

「で、何が気持ち悪いの」

「言わない」

「何で」

「本人に言いづらい」

「私関係?」

「かなり」

「じゃあ余計聞く」

 面倒な流れになった。

「あとで」

「いつ」

「昼食ってから」

「今じゃ駄目?」

「腹減
Continue to read this book for free
Scan code to download App
Locked Chapter

Latest chapter

  • 『彼女の汗の匂いだけ、なぜか忘れられない。~匂いに敏感な俺と、秘密のフェチを抱えた女子大生たち~』   第87話 彼女が走っている数十秒だけ、俺には何もできない

    第87話 彼女が走っている数十秒だけ、俺には何もできない スタートの合図が鳴った瞬間、陽菜は俺の知っている夏目陽菜ではなくなった。 もちろん、別人になったわけではない。けれど、さっきまで俺の前で「好きって言って」と頼み、少し怖いと笑い、日焼け止めの匂いを気にしていた彼女と、今トラックを走っている選手が、同じ人間なのにまるで違って見えた。 陽菜は自分のレーンを走っている。 最初のカーブ。前半は飛ばしすぎないと以前聞いたことがある。それでも、観客席から見ている俺には速いとしか分からない。陸上を何年もやっている人間ならフォームやペース配分をもっと細かく見られるのだろうが、俺にはそこまでの知識はなかった。 だから、ただ目で追う。 それしかできない。「行け……」 声が勝手に出た。 聞こえるわけがない。周囲にはもっと大きな声で選手名を叫ぶ人もいるし、トラックそのものが遠い。俺の声など陽菜には届かないだろう。 それでも言う。「陽菜、行け」 前の選手との差がどうなっているのか、一瞬では分からない。レーンが違うので、見た目の位置だけでは順位も判断しづらい。 俺は息を止めそうになり、途中で自分が呼吸していないことに気づいた。 走っているのは俺ではない。 なのに苦しい。 意味が分からない。 ホームストレートの反対側へ入る頃、陽菜の腕の振りが少し大きくなった。 あれが予定通りなのか、それとも苦しくなっているのか分からない。 分からないことばかりだった。 脚、大丈夫か。 ふくらはぎ。 昨日張っていた場所。 一瞬そこへ考えが向かい、俺はすぐにやめた。 今、それを考えても何もできない。

  • 『彼女の汗の匂いだけ、なぜか忘れられない。~匂いに敏感な俺と、秘密のフェチを抱えた女子大生たち~』   第86話 今回は、彼女から先に「好きって言って」と言われた

    第86話 今回は、彼女から先に「好きって言って」と言われた 大会当日、競技場の入口近くで陽菜を見つけた時、俺は最初に「おはよう」と言うつもりだった。 昨日、二人でそういう話をしたからというより、それが一番普通だったからだ。大会だからといって特別な言葉を用意しておく必要はない。むしろ、前回みたいに余計なことを考えすぎるより、その時の陽菜を見て話せばいい。 そう思っていたのに、俺が口を開くより先に、陽菜はスポーツバッグを肩へ掛けたままこっちへ来て、少しだけ困った顔で言った。「悠真、今日だけは先に好きって言って」 かなり意外だった。「今?」「今」「前回、レース前は嫌だって言ってたけど」 そこまで言ってから、言い方を間違えた気がした。 陽菜も少しだけ眉を上げる。「それ、今言う?」「比較したかったわけじゃない」「でもした」「ごめん」 陽菜は一度息を吐いてから、肩に掛けていたバッグを持ち直した。「まあ、私も前と逆だなって思ってるからいいけど」「じゃあ、本当に今?」「うん。今は欲しい」 なら、迷う理由はない。「好きだよ、陽菜」 言うと、陽菜の顔が少しだけ緩んだ。「もう一回」「何で」「一回で終わると思わなかった」「注文多いな」「今日だけ」「好きだよ」 今度は少しゆっくり言った。 陽菜は数秒こっちを見たあと、「うん」と頷いた。その返事が昨日より落ち着いていたので、俺のほうも少し安心する。「これでいい?」「かなり」「

  • 『彼女の汗の匂いだけ、なぜか忘れられない。~匂いに敏感な俺と、秘密のフェチを抱えた女子大生たち~』   第85話 大会前日に、彼女が珍しく「怖い」と言った

    第85話 大会前日に、彼女が珍しく「怖い」と言った 大会前日の陽菜は、思っていたより普通だった。 午前中に軽い調整をしたあと、昼過ぎに大学近くの喫茶店で会った時も、特別ぴりついている様子はなかった。髪はいつものように結ばれていて、注文したのもいつものアイスティーだったし、俺が頼んだプリンを見て「一口ちょうだい」と言うところまで普段通りだった。「自分で頼めばよかっただろ」「一個はいらないの。一口がいい」「その理屈、毎回ずるい」「彼氏のプリンは一口だけ食べると一番おいしい」「そんな効果ない」「あるよ。自分のお金で買ってないから」「最悪の理由」 結局一口やると、陽菜は満足そうに笑った。 この顔だけ見ていれば、明日大会だとは思えない。 俺のほうが意識しているくらいだった。脚の張りはどうか、体調はどうか、睡眠は取れているか。聞きたいことはいくつもある。 でも、ここ数日の話を考えると、全部確認するのも違う気がした。「脚」 それでも一つだけ聞く。「大丈夫」「本当に?」「朝、コーチにも見てもらった。昨日より軽いし、痛みもない。今日は流しとスタート少しだけで終わり」「ならよかった」「悠真」「何」「今ので一個終わりね」「何が」「体調確認」 読まれていた。「もう聞くなってこと?」「聞いてもいいけど、五分ごとに大丈夫って言われると、逆に何か悪い気してくる」「そこまでは聞かない」「ならいい」 陽菜はアイスティーを飲んだあと、少しだけ俺の顔を見る。

  • 『彼女の汗の匂いだけ、なぜか忘れられない。~匂いに敏感な俺と、秘密のフェチを抱えた女子大生たち~』   第84話 好きだから止めたい。でも、止める権利まではない

    第84話 好きだから止めたい。でも、止める権利まではない 前日に読んだ相談カードのことが、翌日になっても頭に残っていた。 恋人が試験勉強で疲れ切っている。見ているのがつらい。だから「もうやめればいい」と言いたくなる。 昨日はかなり整理したつもりだった。頑張ることそのものと、寝不足や食事の乱れは分けて考える。心配していることは具体的に伝える。でも、相手が続けるかやめるかまで先回りして決めない。 理屈としては分かった。 問題は、それが自分のことになると急に難しくなることだった。 翌日の午後、俺は大学の陸上競技場の外側にあるベンチへ座っていた。陽菜に呼ばれたわけではない。図書館へ行く途中、たまたま練習が見える場所を通っただけだ。 少し見てから行こう。 そう思った。 競技場では短距離組がスタート練習をしていた。遠くからでも陽菜は分かる。走り方もそうだが、スタート前に一度だけ肩を回す癖がある。 何本か走る。 止まる。 コーチらしい人と話す。 また走る。 見ているだけなら、特に問題はなさそうだった。 ところが一本終わったあと、陽菜が左のふくらはぎを押さえた。 胸が少し動く。 すぐ離した。 歩いている。 引きずってはいない。 ストレッチをして、またスタート地点へ戻る。「……大丈夫か」 誰にも聞こえないくらい小さく言った。 次の一本。 走る。 普通に見える。 でも、一度気づくと気になる。 走り終わるたびに脚を見る。歩き方を見る。本人が少しでもふくらはぎへ触れると、それだけで不安になる。

  • 『彼女の汗の匂いだけ、なぜか忘れられない。~匂いに敏感な俺と、秘密のフェチを抱えた女子大生たち~』   第83話 恋人が頑張っている姿を見るのが、つらい

    第83話 恋人が頑張っている姿を見るのが、つらい 大会まで四日となった午後、フェチ研の相談箱に一枚のカードが入っていた。 最初に読んだのは澪先輩だった。いつものようにカードを種類ごとに分けていた手が途中で止まり、少し考えてから神崎先輩へ渡す。「これ、短く返すより話したほうがいいかも」「どれ?」 神崎先輩が受け取り、俺と陽菜にも見えるよう机の中央へ置いた。 相談そのものは長くない。『恋人が資格試験の勉強をしています。本人がやりたいと言って始めたことなので応援したいのですが、最近は寝不足で食事も適当になり、会ってもずっと疲れています。頑張っている姿を見るほど「もうやめればいいのに」と思ってしまいます。でもそれを言ったら、相手の努力を否定することになる気がします。好きな人が頑張っているなら、黙って応援するべきでしょうか。』 読み終わって、最初に頭へ浮かんだのは陽菜だった。 隣を見る。 陽菜もこちらを見ていた。「今、私思い出したでしょ」「うん」「即答」「隠しても意味ない」「まあ私も、自分のことみたいだと思ったけど」 陽菜はカードをもう一度読む。「でもこれ、かなり分かるかも」「止められる側として?」「両方。もし悠真が何かのために毎日寝ないで頑張ってたら、私たぶん最初は応援する。でも顔色悪くなってきたら、普通にやめてって言うと思う」「俺がやりたいって言ってても?」「言う。だって倒れたら嫌だもん」 神崎先輩が椅子へ深く座り直した。「そこなんだよね。相手が頑張ってると、応援することが善で、止めることが悪みたいになりやすい。でも実際はそんなに単純じゃない」「じゃあ、この人は言っていいんですか」

  • 『彼女の汗の匂いだけ、なぜか忘れられない。~匂いに敏感な俺と、秘密のフェチを抱えた女子大生たち~』   第82話 「頑張って」が欲しい日と、いらない日は自分でも分からない

    第82話 「頑張って」が欲しい日と、いらない日は自分でも分からない 大会まで一週間を切った火曜日、陽菜から珍しく朝のうちに電話がかかってきた。 普段ならメッセージで済ませる時間だったので、何かあったのかと思いながら出ると、最初に聞こえたのは寝起きでも焦っている声でもなく、少し苛立ったような声だった。『悠真、今ちょっと話せる?』「話せる。どうした」『昨日さ、練習行く前に頑張ってって言ってくれたじゃん』「言った」『あれ、昨日は嬉しかったの』「うん」『でも今日、同じこと言われたらちょっと嫌かもしれない』 一瞬、意味を考えた。「誰かに言われた?」『まだ言われてない。これから練習なんだけど、朝起きた時から何か嫌で』「何が嫌?」『それが分かんないから電話した』 そう言われると、俺にできることはかなり限られる。 理由を当てる。 原因を整理する。 対策を考える。 以前なら、そのどれかをすぐ始めていた気がする。「じゃあ今日は言わない」 とりあえずそう答えると、陽菜が少し黙った。『……それだけ?』「他に何かいる?」『いや、いらないんだけど』「じゃあそれで」『悠真、最近こういう時ちょっと強くなったよね』「何が」『前なら「昨日はよかったのに何で」って聞いてきそうだった』「聞きたい気持ちはある」『あるんだ』「でも、陽菜も分からないなら、俺が聞いたところで今すぐ答え出ないだろ」 電話の向こうで、少

More Chapters
Explore and read good novels for free
Free access to a vast number of good novels on GoodNovel app. Download the books you like and read anywhere & anytime.
Read books for free on the app
SCAN CODE TO READ ON APP
DMCA.com Protection Status